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変わることなく“アートをする”存在( #ディレクター日記 2020/05/21)

早春の肌寒さが戻ってきたような5月21日、関西の3府県(大阪、京都、兵庫)の緊急事態宣言が解除された。コロナ禍が起きてなければ、今週末の23、24日は「東京キャラバン」集大成の大本番だった( *1)。

東京はまだ4月からの自粛措置の中にあるが、25日にも宣言解除ではないかと報道されている。解除されると「都民の文化的・健康的な生活を維持する上で必要性が高い施設(美術館、博物館)が開かれる」ステップ1に措置が緩和される。美術館の開館が目前だ。しかし、他県では8月頃(場合によっては秋)までの休館が決まっている文化施設も多い。作品の輸送や作品そのもののクリエーションができないからだ。

インターハイ、夏の甲子園、隅田川の花火大会と夏の催しの中止は決まっている。その時が訪れたらあるはずだった「物事」が、3月以降今現在まで、それまでのような形では準備できなく、その時を迎えることができなくなっている。

*1「東京キャラバン」は、劇作家・演出家・役者である野田秀樹の発案により、多種多様なアーティストが出会い、国境/言語/文化/表現ジャンルを超えて、“文化混流”する東京都が実施するオリンピック文化プログラム。私は2015年の立ち上げからディレクターを務めている。もしもコロナ禍が起きていなければこの5月は、代々木公園に連日通い、密度高まるクリエーションに気持ちを高揚させ、来場者を受け入れる体制整えに緊張し通しの時期だっただろう。その体験は、オリンピック開催延期を受けて来年に持ち越しとなった。


コロナ前の日常はすでに遠い。潮目が変わった以上に「変容した社会・世界」の受け止め方に私は苦慮している。この数ヶ月、意識は「延期」「中止」「再開」の間を行ったり来たりし、身動きのとれない空白の時間の中にいる。ゲームと違い空費時間がアディショナルタイムとして取り戻せるわけではない。先に進むしかない。


この約100日間は、「新しい日常」を準備するための時間として過ごしてきた。苦手だったモニター越しの会議にも少し慣れた。措置解除後のコロナ禍での文化事業の準備も大いに進めた。幸いなことに発症もせず健康。「巣ごもり鬱」的な症状もない。

しかしだ、身を屈め這うような姿勢で過ごした数ヶ月の間に喪失した諸々(機会、時間、交流)が混じりあって生み出された「ロス感」はたっぷりある。軽いアートプロジェクト欠乏症になっているのかもしれない。

このように書くとアートプロジェクトが今、存在しないように聞こえてしまうだろう。が、そんなことはない。私の「ロス感」など甘いと、一笑に付され、蹴散らす振る舞いをする人たちは、もちろん多く存在する。その中から3人を紹介する。

最初に紹介するのは、アーティスト・遠藤一郎。「未来へ(Go for FUTURE)」のメッセージとアクションで世間を騒がした気鋭の現代美術作家は、3月からの「さいたま国際芸術祭2020」に参加する予定だった。しかし、芸術祭がコロナの影響で開催延期となったことから、彼のパフォーマンス表現である「ほふく前進」を自主的に行った。それも御百度参りで。100日間かけ、武蔵−宮氷川神社の参道で行われた「ほふく前進御百度参り」は、5月17日満願成就した。その壮絶な姿に揺さぶられる人は多かった。


2人目は、その遠藤を早くから支援してきたアートプロデューサー・小川希だ。彼が吉祥寺で主宰するアートスペース「Art Center Ongoing」は現在運営を止めている。スペースの運営状況は、活動収入と直結する。そこで存続の危機にあって小川は「Ongoing Stamp Card Drawing Project」を始めた。裏面にOngoingにゆかりのあるアーティストのドローイングが描かれた限定200枚の前売りチケットだ。作家達が作品を無償提供するのは、10年間に渡るOngoingの継続がもたらす仲間としての信頼関係があるからだ。5月16日には、インターネット放送「オンゴーイング・スタジオ」を始めた。第1回目のテーマは「コロナ時代のパフォーマンス表現」だ。


3人目は、アーティストで東京藝術大学教授の日比野克彦。日比野は5月10日、自身が関わる東京藝術大学「DOORプロジェクト(Diversity on the Arts Project)」の授業をウェブ会議システム上で開催した。ゲストとして登場したのは、この夏の企画に参加する13人のアーティスト。各人5分の持ち時間で自身の表現活動と実施するワークショップのプランについて説明した。私自身は、馴染んだ顔ぶれによるいつも聞いてきた内容の説明だ。別段新しいわけではない。しかし、聞きながら、「アートプロジェクト」というか「アート」が、コロナ禍で失われることもなく、確かに存在しているという気持ちになっていた。

「アートの力を疑わない」ということは、このような行動の中にこそあるのだと、改めて彼らの振る舞いに学ぶ。コロナ禍による世相の様変わりに驚き、振る舞いに思案する自分とは違い、いい意味でコロナ前と何ら変わらない。アーティスト達のブレのなさは強い。表現を生み出す人たちは、変わることなくアートをする存在だ。

ディレクション(マネジメント)する側の自分には、文化事業の「ニュースタイル」の模索が求められている。アートプロジェクトやワークショップをどのような方法で開催するのか。3密を避けた実施可能の条件と、アーティストやアート表現が必要とする条件の両方を過不足なく満たす仕立て。アーティストの意向を具体化するためだけに邁進するのでもなく、運営側の新たなレギュレーションを押し付けるわけでもない。双方が歩み寄り「アートを届けるプロジェクト」に知恵を寄せあって取り組む。コロナ禍がもたらした大きな課題だ。(がんばろう)

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▲TURN「テレ手のプロジェクト」で種を撒き、育てている和綿。

最後に。少し遡るが、5月16日、ZOOMでつながった参加者が、同時にそれぞれの場所で和綿の種を蒔くリモートプロジェクト「テレ手のプロジェクト」に参加した。

これは自分がディレクターを務めてきたアートプロジェクト「TURN」の企画。本来なら、町田市にある福祉施設「La Mano」の畑に集い、畝を作り、種を蒔く予定だった。種を蒔く時期は、「農業暦」に従う活動だ。コロナ禍で集えないかといって、ずらせるものではない。なんとかしたいと工夫する人たちがいてくれて実現した。今年は種を参加者に送り届け、それぞれがそれぞれの場所で実施することになった。

定期的にウェブを介した集まりでそれぞれの生育過程をリモートで報告しあう。収穫した綿から糸を紡ぐために「集える日」をお楽しみに、という企画だ。我が家でも6日目に無事に発芽した。

(2020年5月21日 東京アートポイント計画ディレクター・森司)

*本記事は、アーツカウンシル東京ブログ「東京アートポイント計画通信」(2020/6/9公開)より転載しています。

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東京都内各地で地域NPOとともにアートプロジェクトを展開する試み。noteではプロジェクトの舞台裏での試行錯誤や、現場の記録をお届けします。 https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/creation/hubs/

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「東京アートポイント計画」のディレクターであり、「Tokyo Art Research Lab」や「TURN」、「Art Support Tohoku-Tokyo」などアートプロジェクト関連事業の統括を務めるアーツカウンシル東京・森司の日記がはじまりました。文化を取り巻く状況が大きく変わってしまった2020年4月から、正直な戸惑いと未来に向けた試行錯誤について綴っていきます。